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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)867号 判決 1989年9月18日

原告

全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部

右代表者

武建一

右訴訟代理人弁護士

里見和夫

菊地逸雄

西川雅偉

後藤貞人

三上陸

中道武美

高野嘉雄

下村忠利

北本修二

近森土雄

被告

安威川生コンクリート工業株式会社

右代表者代表取締役

田中一郎

右訴訟代理人弁護士

平正博

主文

一  被告は原告に対し、金一一〇〇万円及び内金二五〇万円に対する昭和六二年一〇月一日から、内金二五〇万円に対する同年一一月一日から、内金三〇〇万円に対する同年一二月一日から、内金三〇〇万円に対する昭和六三年一月一日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、セメント、生コン産業及び運輸、一般産業に従事する労働者をもって構成する労働組合であり、被告は、生コンクリートの製造販売等を業とする株式会社である。

2  被告は、昭和六二年六月一四日、被告の従業員で原告に加入している西山実雄、辻本佳弘、古閑義秋、久米力(以下右四名を「西山ら」という)を解雇するとともに、同月二九日大阪地方裁判所に対し、西山らを相手方として出荷妨害禁止の仮処分申請をした。

3  西山らは同年七月二一日、同裁判所に対し、被告を相手方として地位保全等仮処分申請をした。

4  原告と被告は同年八月八日、<1>被告は西山らに対する解雇を撤回する、<2>被告は原告に実損金を支払う、<3>西山らは被告を任意退職するなどの内容で合意し、協定書を作成した(以下「本件協定」という)。

5  原告と被告は右同日右<2>の実損金に関し、被告が原告に実損金一六〇〇万円の支払義務あることを認め、内金五〇〇万円を昭和六二年八月末日限り、内金二五〇万円を同年九月末日限り、内金二五〇万円を同年一〇月末日限り、内金三〇〇万円を同年一一月末日限り、内金三〇〇万円を同年一二月末日限り、それぞれ支払う旨合意し、覚書を取り交わした(以下「本件覚書」という。)。

6  よって、原告は被告に対し、本件協定及び本件覚書に基づく実損金のうち既払分五〇〇万円を控除した一一〇〇万円及び各内金の支払期日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

三  抗弁

1(詐欺による取消)

(一)(1)  大阪兵庫生コンクリート工業組合(以下「工業組合」という)は、昭和五六年九月ころ、生コン産業の構造改善事業の一環として加盟各社に対し希望退職者の募集を指示し、右指示により被告においても、昭和五七年三月二〇日五名の従業員が希望退職した。被告は同人らに合計四一四五万円の退職金を支払った。

(2) 右退職により、被告においてミキサー車の運転手が不足するに至ったところ、原告は被告に西山らを暫定的に雇用するよう求め、西山らを雇用してくれれば、被告が右五名の希望退職者に支払った退職金のうち三二〇〇万円を工業組合から被告に補填させる旨申し入れた。被告は、工業組合から退職金の補填が受けられるものと信じて、西山らを暫定的に雇用した。

(3) 本件協定及び本件覚書(以下併せて「本件合意」という)締結の際、原告は被告に対し、右退職金の補填については工業組合の結論がでていないので猶予して欲しいと申し入れ、被告は未だ右補填が受けられるものと信じた結果、本件合意をした。

(4) しかしながら、被告が工業組合から退職金の補填を受けることは当初から不可能であり、原告はそのことを熟知していたにもかかわらず、右補填させると被告を欺き、その旨誤信した被告は本件合意をした。

(二)(1)  原告は、被告が西山らに対する給料を据え置き一時金を支給しなかったため、原告が同人らに金員を贈与し又は貸し付けたこと、並びに被告が西山らを解雇したことに関し組合活動を行ったことにより、原告に損害が生じたと主張し、被告に対しその賠償を求めた。

(2) 右原告の申入により、被告は、自らの行為により原告に損害を与えたもので、その損害を賠償する義務があると信じて、本件合意をした。

(3) 右各金員を被告が原告に支払わなければならない理由は何ら存在しないし、そのうち西山らに対する貸付金は、同人らから返済を受けられるもので原告の損害とはいえない。しかるに、原告は、被告の行為により原告に損害が生じていると告げて被告を欺き、その旨誤信した被告は本件合意をした。

(三)  被告は原告に対し、昭和六三年七月四日の本件口頭弁論期日において、本件合意を詐欺を理由として取り消す旨の意思表示をした。

2 (錯誤無効)

被告は、次のとおり誤信して本件合意をしたものであり、本件合意は錯誤により無効である。

(一)(1)  被告における西山らの地位は仮補充であり、本採用ではないので、被告の解雇により同人らは当然その地位を失うにもかかわらず、被告は、その地位を失わせるためには金員を支払うことにより、同人らの同意を得る必要があると誤信した。

(2) 右西山らの地位に関する紛争は、原告が解決できない問題であるにもかかわらず、被告は原告に金員を支払うことにより解決できると誤信した。

(3) 前記1(二)(3)のとおり、被告は、自らの行為により原告に損害を与えたもので、その損害を賠償する義務があると誤信した。

(二)  原告は本件合意成立の際、右誤信により被告が本件合意をしたことを熟知していた。

3(強迫による取消)

(一)  原告は昭和六二年六月二三日、組合員多数を動員して被告工場内へのミキサー車の出入りを妨害し、被告は同日顧客から注文を受けた生コンクリートの出荷ができなかった。このような出荷阻止行動は反復して行われる可能性があり、そうなれば被告は倒産する可能性もあった。被告は原告の右強迫行為により、本件合意をした。

(二)  被告は原告に対し、昭和六三年一〇月三一日の本件口頭弁論期日において、本件合意を強迫を理由として取り消す旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1(一)(1) 抗弁1(一)(2)の事実のうち、原告が被告に西山らの雇用を斡旋し、被告が同人らを雇用したことは認めるが、その余は否認する。

(2) 同1(一)(3)、(4)の事実は否認する。

(二)(1) 同1(二)(1)の事実のうち、原告が西山らに対する贈与金や貸付金を損害と主張したことは否認し、その余は認める。原告は、西山らの据え置かれた給料、未払一時金並びに同人らの解雇をめぐる紛争のため、原告が支出した諸経費等の賠償を求めたものである。

(2) 同1(二)(2)の事実のうち、被告の信じた内容については知らない。

(3) 同1(二)(3)は争う。

2 同2冒頭の主張は争う。

(一)(1)  同2(一)(1)、(2)の事実は否認する。

(2) 同2(一)(3)の事実のうち、被告が誤信したことは否認する。

(二)  同2(二)の事実は否認する。

3 同3(一)の事実は否認する。原告は、被告が西山らを解雇したのに対し、労働組合として正当な抗議活動を行ったにすぎない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  詐欺及び錯誤

1  当事者間に争いのない事実、(証拠略)、原告代表者、被告代表者(但し一部)各本人尋問の結果により認められる事実は以下のとおりであり、この認定に反する被告代表者本人尋問の結果は信用し難い。

(一)  被告は、業界全体の余剰人員削減のため工業組合の指示により希望退職者を募集したところ、昭和五七年三月に五名の従業員が退職し、ミキサー車運転手の不足が生じたため、昭和五八年一〇月原告の推薦により西山らを雇用(期間の点はさておき)した。

(二)  被告は、原告との確認書に基づき、昭和五九年度から同六一年度の三年間西山ら他一名に対し、賃上げをせず、一時金(夏期、冬期賞与)を支給しなかった。右確認書には、右三年経過後賃金凍結分及び支給しなかった一時金(以下「賃金等凍結分」という)について協議するとの条項があったため、原告は同六二年五月二二日被告に対し、西山ら他一名の賃金等凍結分は合計一八〇〇万円余になるとの明細書を添付し、右賃金等凍結分や西山らの今後の雇用問題に関し団体交渉を申し入れたところ、被告は右金員を支払う義務はないと回答した。

(三)  被告は、昭和六二年六月一四日、西山らは暫定的な仮補充の地位にあり、随意に同人らとの契約を解約できると主張し、同人らを解雇したところ、西山らや原告組合員から抗議行動があったので、同月二九日、大阪地方裁判所に対し、西山らを相手方として出荷妨害禁止の仮処分申請をした。西山らは同年七月二一日、同裁判所に対し、被告を相手方として地位保全等仮処分申請をした。

(四)  その間、原告は被告に対し、西山らを退職させるので、賃金等凍結分や原告が本件紛争のため支出した諸経費を支払って欲しいと提案し、当初二千数百万円を要求したが、被告は支払う必要がないとして拒否した。原告代表者と被告代表者間で交渉を重ねた結果、被告は、原告要求の金員を被告が負担すべき法律上の義務については疑念を抱いていたが、金員を支払うことにより被告と原告及び西山らとの紛争を西山らの任意退職ということで解決するのが望ましいと判断し、被告の支払額については双方譲歩して一六〇〇万円とし、本件合意が成立した。書類上、被告の希望により右一六〇〇万円は実損金とされたが、被告の支払額が原告の被った損害額に限定されるという趣旨ではない。

(五)  本件合意成立後、西山らは本件合意に基づき被告を任意退職するとともに、前記各仮処分申請事件は取り下げられ、被告と原告及び西山ら間の本件紛争は解決した。

2  右認定のとおり、被告は、原告から要求された西山らの賃金等凍結分及び原告の支出した諸経費を負担すべき法律上の義務については疑念を抱いていたが、金員を支払うことにより、被告と原告及び西山らとの紛争を西山らの任意退職ということで解決するのが望ましいと判断して、本件合意をしたものであり、抗弁1(一)(3)、同1(二)(2)、同2(一)(1)、(3)の主張のとおり被告が誤信したことにより、本件合意が成立したものと認めるに足りる証拠はないので、右抗弁1、同2(一)(1)、(3)の主張はいずれも失当である。

抗弁2(一)(2)の点については、右認定のとおり、本件合意の成立により被告と西山らの紛争は解決しているのであって、原告は交渉権限を有していたのであるから、錯誤とはいえず失当である。

三  強迫

1  (証拠略)、原告代表者、被告代表者(但し一部)各本人尋問の結果によれば、原告は組合員多数を動員し、被告が西山らを解雇した後の昭和六二年六月二三日、被告工場内へのミキサー車の出入りを妨害し、当日被告は生コンクリートの出荷ができなかったこと、翌二四日西山らが抗議行動のため被告を訪れたが、被告は同人らを排除したこと、被告は同月二九日西山らを相手方として出荷妨害禁止の仮処分申請をしたこと、その後原告と被告間で交渉が継続していたこと、原告や西山らの出荷妨害行為は右二三日の一日のみであることが認められ、この認定に反する被告代表者本人尋問の結果は信用し難い。

2  右認定のとおり、原告組合員の行為により被告は商品の出荷が不可能となったことはあるが、それは一日のみでありその後妨害行為はなされていないこと、被告は仮処分申請という法的手段をとっていること、本件合意が成立した経緯は前記認定のとおりであり、被告は原告と交渉を重ね、金員支払により紛争の解決が望ましいと判断して、本件合意が成立したことからして、原告組合員の右出荷妨害が強迫にあたり、被告は右強迫により本件合意をしたと認定することは困難であるから、強迫による取消の主張は失当である。

四  よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 土屋哲夫 裁判官 大竹昭彦)

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